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小谷野さんのヒマラヤトレッキング・リポート
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小谷野さんのヒマラヤトレッキング・写真集2015年10月30日〜11月8日
【早稲田政経7221会】のページはこちらです。
トレッキングのリポートはこちらからお読みください。


各写真はクリックすると拡大します。

  
これはトランジットで立ち寄ったタイです。お布施が生きている社会です。    飛行機に乗っています。


  
左はエベレスト街道の出発地でもあるルクラの町はずれ。ラマ教の仏塔チョルテンと去勢牛ゾッキョ。右背後の山はヌプラ(5885m)。
中央は街道の階段とロバ。段差が小さく登りやすい。
右端はエベレスト街道です。昨春の大地震で崩れたエベレスト街道。秋になってよ うやく整備され、難なく通れるようになった。

 
左はルクラのロッジ。色とりどりでアルプス調の三角屋根。街道沿いの民家が競って同じようなロッジを建てている。
右はロッジの中庭。どこでも野菜を栽培している。

  
左はエベレスト街道の拠点・ナムチェバザール。すり鉢状の崖にシェルパ族などの家がへばりついている。どの家も欧風のロッジに建て替えられている。大家さん一家は登山シーズンの秋と春だけ居住し、冬と夏はカトマンズ暮らしという。
中央はホテルエベレストビューのテラス。肝心のエベレストは雲の中で、近くのタムセルク(6623m)しか見えない。
右はHEVの屋上にある展望室。エベレストが現れるとここから外のテラスに出ていく。

 
左はホテルエベレストビューの食堂。左側の大岩はそこに昔からあったもので、自然保護のためそのまま残された。ホテルの建設時、エベレスト初登頂の英・ヒラリー卿からストップがかかり、彼との妥協策だったとか
右はホテル創設者の宮原巍氏(81)とカトマンズの日本蕎麦屋で。氏はHEV以外にカトマンズ市内にもホテルを建てており、さらにアンナプルナ山域にも建設中という


ガスの切れ目からエベレストが一瞬姿を現した。200_望遠レンズを使用。
エベレストが本当に綺麗に撮れています!小谷野さんの腕前!?

  
左は夕日を浴びて輝くエベレスト(8848m)。200_使用
中央は朝日に輝くエベレスト。右はローツェ(8516m)
右は同じく朝日を受けるエベレスト


夕方、ガスの切れ目から姿を見せたタムセルク(6623m)

  
左はクンデピークへのトレッキング途上にあるチョルテン(仏塔)とタルチョ(ラマ教のお経が書かれた旗)。間から白銀のエベレストが覗ける。手前の山は金比羅山の語源になったク−ンビラ(5761m)
中央はエベレスト街道で初めてエベレストが見えるシャンボチェの丘。この日の朝はエベレスト(中央奥)とローツェ (その右)がよく見えた。手前の森の中にHEVが建っている。右端の山はアマ・ダブラム(6812m)。現地語で「お母さんの首飾り」だが、「ゴリラ(の頭と左肩)」の方がピッタリ。左の山はタウツェ(6501m)
右は今回のトレッキングの最高地点・クンデピーク(4200m)。右端がタ ムセルク(6623m)、その左がカンテガ(6799m)。受け取られた方はご存知と思いますが、2016年の小生の賀状はこのコマを使いました。

  
左はクンデピークから眺めたエベレスト街道東側にそびえる前衛の山々。右からタムセルク、カンテガ、アマ・ダブラム。中央の丘に繁る森の中にHEVが建っている(3880m)。街道は丘と前衛の連峰の間の谷間を縫うように続いている。左下はクムジュンの村で、イェティ(雪男)のものと言われる頭皮を祀る寺がある
中央はヒマラヤ襞が美しいタムセルクのアップ(200_使用)
右はアマ・ダブラムのアップ(同)。さながらゴリラの後ろ姿だが、ナムチェやカトマンズのギャラリーで売っている絵画はこの山を描いたものが圧倒的に多く、エベレストよりも人気があるようだ。

  
左はHEVの屋上から撮影した朝日に輝くクワンデの峰々。最高峰は中央右のピラミダルな第3峰(6187m)。
中央は白昼、クンデピークから仰ぐクワンデ連山。深い谷間を造ったのはボーテ・コシ(コシ=川)。
右は早朝の遊覧飛行の窓から200_で撮ったエベレスト。年末にW21のHPにアップされたのと同じ図柄だが、こちらの方が手ブレ度が低い

  
左は世界一危険と言われるルクラの飛行場。断崖に向かって短い滑走路が造られ、離陸は坂道をつんのめるように発進する。着陸は登り坂なので止まりやすい。ただ、ルクラ〜カトマンズ間は十数人乗りの小型プロペラ機で有視界飛行だけなので、実際の危険度は低い。その代わり、雨や霧などでしょっちゅう飛ばなくなり、我々のパーティーもルクラ で臨時宿泊を余儀なくされた。このため、エベレスト街道のトレッキングはどれも1日の予備日を設けているが、ルクラに臨泊したためカトマンズ市内での丸一日の自由行動日がなくなってしまった。帰りのタイ航空機のカトマンズ〜バンコク 〜日本の日程は、よほどのことがないと崩せないそうだ。
中央はカトマンズの銀座通りとも呼べる商店街のひさしにサルがチョコンと座っていた。自分が撮られているのかと勘違いしたネパール女性(眉間の青い点が象徴)から怪訝そうに見られたが「ナマステ(こんにちは・ありがとう、など何にでも使える)」と言ってサルを指さしたら、ニッコリとほほ笑んでくれた。
右は同じくカトマンズの繁華街で、地震から半年たっても残っているビルの残骸を覆うブルーシート。隣のビルはレンガの壁に鉄筋が通してあったので少々のヒビ割れで済んだという。復興の歩みは、首都であるカトマンズでも阪神大震災などに比べて格段に遅いと言われ ている。

小谷野さんからの所信
これで9通、計27コマを送りました。先に宮腰幹事長殿がHPにアップされたリポートに対応するコマを中心に選びましたが、この他にも、白銀に輝く山々や再建されつつあるロッジ、街道沿いの吊り橋や野生の花々等、いろいろと多彩なネパールとヒマラヤの姿を1200コマほど撮ってきました。
しかし、肝心のエベレストが、空撮を除いては8〜9合目から上の頭部分だけでしたので、もっと近く、高い地点に行ってみようと思っています。
ただ、その計画の前には日本の山の神が絶壁のように立ちはだかっており!、これを乗り越えられるかどうかが、今年の小生の正念場であります。 以上、ながながと拙文と愚作にお付 き合いいただいた方々には、厚く御礼申し上げます。ではでは。

宮腰から
一般の人はなかなか行く事ができないヒマラヤ・エベレスト、貴重な写真に感謝です。
エベレストは写真で見てもとても綺麗です。
是非、拡大してご覧ください。 
 
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